【防災コラム】レスキューナースが教える災害を生きぬくヒント
2024年元日に発生した能登半島地震では、震源に近い沿岸部を中心に北海道から九州にかけ、広範囲で大小の津波が観測されました。津波が起きていますが、今回の地震は「直下型地震」と言われるタイプの地震です。地震発生後、しばらく分からなかった甚大な津波被害の実態も研究者の現地調査や解析などで明らかになってきています。そこから学べることや今後の私たちの備えについて考えてみたいと思います。
能登半島地震はこんな被害をもたらした
2024年元日の夕方に襲った地震。今回は津波が発生したので、海で起きた地震という認識が強いかもしれません。しかし実は活断層型の内陸地震でした。
能登半島地震では1日の発生以降も、大きな地震が断続的に起きています。気象庁によると、2024年1月10日午前8時時点で震度5弱以上の揺れは16回、震度1以上は1,285回でした。東北大学災害科学国際研究所の遠田晋次教授によると「内陸地震型の直下型地震で、この規模の地震というのは、今までになかった最大級の地震です」とのこと。
なんと能登半島の北の方100キロメートルくらいの長さに及ぶ非常に大きい断層が一気に動いたのです。この活断層は能登半島の先端部分の陸地とその先の沖合まで、陸と海にまたがっていると遠田教授は指摘します。このため、津波も発生したとみられています。
また、余震は大きな震度のものだけではなく、震度1クラスの地震がかなり頻回に起きています。そこには地理的な原因と連動する断層が原因で余震が長く続き、被災規模も大きいと言われています。京都大学防災研究所の西村卓也教授(測地学)は「地震の規模が大きく、能登半島沖の地理的な特性と相まって余震の数が増えている。大小の断層が複雑に密集、一つ動くと連動する。能登半島沖には大小さまざまな断層が複雑に密集し、そのうちの一つが動くと他の断層も連動する。本震で別の小さな断層が割れ、それが連鎖し、余震が長く続いていると考えられる。周囲のそれなりに大きな断層も動いているので、余震の規模も大きくなっているのでは」との見解を出しています。
そして津波の発生が本当に早く、地震の直後に津波が発生し、珠洲市には約1分以内、七尾市には約2分以内、富山市には約5分以内で沿岸に到達していたとみられることが分かりました。以前から日本海側で地震が起きたら津波は1分以内に到達すると言われていたのが現実になったのです。
いろいろな被害が見えてきた
能登半島の北岸の広い範囲で地盤の”隆起”が確認されています。
能登半島では陸域がおよそ4.4平方キロメートル拡大し、輪島市では最大で240メートル、珠洲市では最大で175メートル、海岸線が海側に向かって広がったことが専門家の調査で明らかになりました。海水がほとんどなくなってしまった港湾も複数あるということです。
土砂災害による被害も相次いでいます。他にも液状化現象による被害や、斜面の崩落による”河道閉塞”も確認されています。液状化の住宅被害は石川・富山・新潟の3県で1万件を超えるとみられます。専門家が分析した結果、液状化現象による被害は、風によって運ばれた砂からなる「砂丘」でも発生し、特に被害が大きかった場所が日本海に面した側ではなく、風によって運ばれた砂から作られた「砂丘」の陸側の地域に集中していたことも分かりました。
専門家が調査した結果、能登半島地震で土砂災害の被害を受けた建物は、少なくとも34か所にのぼり、8割以上が土砂災害警戒区域内だったことが分かりました。専門家は自分のいる場所が警戒区域か確認してほしいと呼びかけています。
直下型地震と海溝型地震
地震には 直下型と海溝型の二つがあります。その二つは全くメカニズムが異なり、予想される被害も対策も異なります。なので、その違いを知っておく必要があります。
「直下型地震」は、地層の浅い部分の表面が滑り落ちたり、ずれたりすることで起きます。それほど大きな規模の大地震にならず、集中的にそのエリアに被害が出る地震です。この地震で有名なのが阪神・淡路大震災、そして元日に起きた能登半島地震です。生み出されるエネルギーは大きく、陸地で起きる大きな地震であるがゆえ、建物の倒壊が目立ちます。この地震のポイントは、人間が生活している陸地で起こる点です。阪神・淡路大震災は、陸地で起きた地震であったため、津波こそありませんでしたが、建物に対する甚大な被害が出ました。
一方、海溝型地震とはどんなものでしょうか?「海溝型地震」は、海の奥深くで地層がずれることで起きる地震です。このタイプの地震で有名なのは東日本大震災です。海の奥深くで大きく地層がずれるがゆえ、大きな地震が起きます。分かりやすく説明すれば、下敷きを大きく折り曲げて下方向に深くゆがませると、反動で強く下方向から上方向に跳ね上がりますが、さらに深く入り込んでいるために物がずれると大きなエネルギーを生むのです。最初は小さな縦揺れ、その後大きく揺さぶられるような横揺れが起こり、数分揺れが続きます。地震発生から陸地への到達までにやや時間があるため、緊急地震速報などに従い迅速に対応することが望まれます。
メカニズムが全く違う地震は、その被害や対策も若干変わってくる
直下型地震は地殻内で発生し、震源が地表直下にあるもので、主に断層面が垂直になります。
その被害には建物の倒壊、地割れ、ガス・水道管の損傷などがあります。高齢者は身体的な制約があるため、これに備えることが重要です。まず、安全な場所に避難し、家屋内での移動には頭を守るためのものを用意しましょう。飲み水や非常食も備蓄し、医薬品や重要な書類は手元に置くことをお勧めします。避難場所や家族との連絡手段も確認し、地域の防災情報にアクセスすることが大切です。高齢者向けの防災訓練に参加し、揺れや異音に敏感になる訓練も有益です。安心して避難できる近隣の助け合いの関係を築き、地域の防災計画に積極的に参加しましょう。
一方、海溝型地震は海洋のプレートが沈み込む帯域で発生し、震源が海溝に位置しますので、海溝型地震に伴う被害は、主に津波や地震そのものによるものになります。津波への対策としては、以下の点が考慮されます。
① 避難計画:高台や安全な場所への避難計画を立て、災害時にすばやく行動することが重要です。
② 防災訓練:定期的な防災訓練に参加し、津波の発生時にどのように行動すべきかを学びます。
③ 避難所と連絡手段:避難所の場所を知り、家族や友人との連絡手段を確保しておくことが役立ちます。
④ 津波対策物:高潮対策や避難用の避難塔、堤防の整備など、津波に対する防災設備の整備も検討されます。
⑤ 地域連携:地域社会との連携を強化し、災害時の情報共有や支援体制を構築します。
今までになかった被害となかなか進まない救援活動
過去にも日本では大きな災害は度々ありました。そして発災からすぐに救援活動が開始され、大体3日から7日の間に救援物資が届いていたと記憶しています。
もちろん思うように大切な命を救命することができなかったり、痒いところに届くサポートではなかったりしたかもしれません。それでも救援の手は必要とされる人のもとに届けることが、割とスムーズだったと思います。しかし今回の能登半島地震は救援の手が被災者に届くのに、かなり時間がかかりました。7日経っても食べ物も水も届かない。何よりも切実だったのはトイレ問題です。避難所に行けばトイレぐらいは問題なくできるという認識が大きく崩れた瞬間でした。やっと救援物資が届いても日常生活には程遠く、今もなお、輸送経路が十分ではないために、モノはあっても届かない状態が続いている地域もあるのです。
私は能登半島地震で救援活動がなかなか進まなかった原因として3つを考えています。
① 交通インフラの損傷:能登半島地震では道路や橋が被害を受け、交通の寸断が生じた可能性があります。これが救援隊の進入を妨げ、被災地へのアクセスが難しくなったことが一因です。
② 通信インフラの混乱:地震により通信施設が損傷し、情報伝達が滞ることがありました。これにより救援隊の配置や被災者との連絡が難しくなり、救援活動の効率が低下しました。
③ 被災地での混乱:能登半島地震では被災地域内での混乱や避難民の多さが救援隊の行動を難しくしました。適切な情報収集や効果的な支援の提供が困難になり、救援活動の遅れにつながった可能性があります。
もちろん国や自治体レベルで考える問題が多く含まれています。しかし私たちはこういうことが起きる想定で防災対策を準備しておく必要を強く感じました。
今後私たちが備えておくことは何か?
今回の能登半島地震からいろいろなことが分かったと思います。
まず地震は元日でもやってくる。時間は夜中でも関係なく発災する。備蓄しなくても救援物資が来るから大丈夫、避難所に行けばなんとかなる。いざとなったら誰かが助けてくれる。これは全て思い込み。私たちには大きな思い込みがあって、それが邪魔をしているのです。発災から72時間は少なくとも自分が持参した防災リュックでなんとか生き延びる。そのためには何をどう使うのかを把握しておくことです。リュックの中身は必ず1回は出してみる。そして中の商品の使い勝手を知っておくことです。
次に排泄対策は必須。在宅避難でも、避難所に行っても、車中泊でも絶対に必要です。どの商品なら自分は快適に排泄できるのかを把握しておきましょう。
水や食料以外にも、長期の避難になってきた時に必要なのは「エンタメ」です。紙とペンがあれば絵を描いたり、ゲームをしたり、何かを作ることもできます。普段は読まない小説や漫画、絵本もいいですね。手遊びやしりとりなど、昔からある遊びもいいでしょう。この引き出しをたくさん持っている人が、メンタルダウンを防ぐことができます。
沢山のモノは持っては行けません。しかし知識と経験はどこにでも持っていけます。そして周りに安心やリラックスを与えます。長期の避難は考えたくないかもしれません。準備したら実際に起きそうだから用意したくないという方も多くいらっしゃいます。しかし長期だからこそ「あなたにとって心地よい、気持ちいい、楽しいモノ」が必要になってきます。それは決して避難先に備蓄されていないし、救援物資でもやっては来ないのです。誰かが助けてくれるのではなく、あなたが誰かを助けられるように、普段から備えておいてください。
災害時は日頃やっていることの半分もできません。大切な人を護るために、今一度あなたのモノの備えと知識や経験という備えを確認してほしいと思います。
辻 直美(国際災害レスキューナース)
一般社団法人育母塾 代表理事
国境なき医師団の活動で上海に赴任し、医療支援を実施。帰国後、看護師として活動中に阪神・淡路大震災を経験。実家が全壊したのを機に災害医療に目覚め、JMTDR(国際緊急援助隊医療チーム)にて救命救急災害レスキューナースとして活動。
現在はフリーランスのナースとして国内での講演と防災教育をメインに行い、要請があれば被災地で活動を行っている。
著書に『レスキューナースが教える プチプラ防災』『レスキューナースが教える 新型コロナ×防災マニュアル』(ともに扶桑社刊)がある。
※掲載の情報は、2024年2月29日現在の情報です。
※コラムの内容に関する解釈は、筆者の経験に基づく見解であり、公式な情報ではないことも含まれます。