【防災コラム】レスキューナースが教える災害を生きぬくヒント
災害時にはライフラインが止まることにより、トイレが使えなくなることをご存知ですか? 断水だけではなく停電でも使えなくなります。なぜ使えなくなるのか?その時の対応は?などを知っておけばいざという時に慌てることがありません。
発災後6時間以内に約7割がトイレに行きたくなる
災害時に真っ先にやるべきことは、もちろん自分の命を守ることです。その次は家族の安否確認や水・食料を確保すること。ここで多くの人が思いつかないことが「トイレ」です。緊張感やストレス、トイレが使えないという心理的圧迫からトイレに行きたくなる方が非常に多いのです。阪神大震災、東日本大震災でのアンケートによると、発災から6時間以内にトイレに行きたくなった人は、なんと7割。人は、緊張したり、トイレに行けないと意識すればするほど排泄行動をしたくなるという現象が起きます。特に女性や高齢者の場合、神経因性膀胱炎という精神的なストレスからの排泄行動もあります。水や食料はもちろん大事ですが、それよりも早くトイレが必要になる、ということを覚えておいてください。
行きたくないトイレが招く健康被害
脱衣しにくい服を着た時に「トイレに行きたくないから水分を控えよう」という経験をしたことがあると思います。トイレが汚れていて行きたくない環境になると、これと全く同じことが起きます。前者の場合は半日ぐらい我慢すれば何とかなります。しかし災害時はそういうわけにはいきません。避難生活は1日や2日では終わりません。長ければ1ヵ月以上かかることもあります。水分や食事を控え続けると、体力や免疫力が落ちてしまいます。感染症にかかりやすくなることも考えられます。次に脱水。特に近年は猛暑で、熱中症の危険性も高まっています。さらにエコノミークラス症候群。避難所で起こりやすそうな感染症、脱水、エコノミークラス症候群。これは命にかかわる危険性がある重要なことです。まさかトイレに行きたくないことがこんな健康被害につながるなんて…考えたことありましたか? 災害時のトイレを清潔に、気持ちよく使える環境設定は健康にもつながるのです。
災害時に使えない状況をイメージしてみよう
水が出ないならトイレが使えないのはイメージできますね。しかし他にも使えない理由があるのです。マンションの場合は、停電時に貯水槽へ水を供給するポンプが止まることがあります。つまり断水していなくてもトイレが利用できないのです。また、配管の断裂や亀裂、破損があれば使えません。これは目に見えるものではないので要注意。知らずに使った場合、他の家の配管で汚水が染み出たり、詰まったりすることが考えられます。河川の氾濫や降雨量が多すぎる場合には、マンホールから水が噴き出たり、下水が逆流することがあります。するとトイレからも逆流して、当然、水が流せない状況になります。
災害時に住民共同で利用する避難所や公衆トイレについても利用者が多く、 残念ながら綺麗な状態がキープされるのが難しく、不衛生のために使用禁止となることも少なくありません。
災害時に汲み置きの水を流すのはNG!
地震が起きたら「まずはお風呂にお湯をためる」のを実行している人はいませんか? その水は何に使うのでしょうか? トイレに使うのなら、その情報はもう古い! 今は絶対に流さないのです。その理由は①汲み置きの水を流すだけではきちんと流し切れない②見えないところで配管が損傷している場合、汚水がそこから漏れる③流し切れない汚物が途中でたまりメタンガスが発生して爆発する可能性がある ④お風呂の配管も潰れている可能性があり排水することで水漏れを起こす可能性がある。この4つの理由から今は災害が起きた時は汲み置き水で流さないのです。そのため災害トイレを使用することが推奨されています。水を流して使えるかどうかはお住まいのマンションの管理会社からの連絡が来てからになります。自己判断しないように気をつけてください。とはいえ、慣れない災害トイレでの排泄はリラックスしてできないもの。だから何もない今のうちに、災害トイレや便器をうまく使えるように試しておきましょう。
家にあるもので「災害トイレ」を作ろう
既存の災害トイレでももちろんOK。しかし使い勝手やコストを考えると、他にも使えるものはあります。例えばポリ袋と猫砂など、“吸わせる・固める・密封する”ことができるものならば、十分トイレの代わりになります。他にもサイズが小さくなったオムツやTシャツ、タオル、新聞紙なども使えます。その中でも一押しの商品は「ペットシーツ」です。ペット用のトイレシーツなので吸収はもちろんOK。防臭効果にも優れています。使い勝手が良くコスパも良いです。他に備えておきたい備品としては、トイレットペーパー、中身の見えない黒いポリ袋、生ゴミや使用済みトイレのゴミなどを保管する密閉袋やフタ付きのゴミ箱(ゴミ収集が滞る可能性があるため)、ウェットティッシュやアルコール消毒液(断水で手が洗えないことがあるため)があります。他にも生理用ナプキンやおりものシートなどもデリケートゾーンの清潔を保つのに使えます。
使い勝手やコスパも含めて長期的に考えることも大事!
トイレは最低でも「1日7回×1週間×家族の人数分」の備えを。ポリ袋、フタ付きゴミ箱などの準備も忘れずに。コロナ禍で復興が長期的な戦いになる可能性が高くなってきている今は「1日7回×10日間×家族の人数分」の備えが理想です。災害トイレが1回分100円だったとしてもかなりお金がかかります。例えば、4人家族の場合、1人1日7回×10日分×4人=約280回。つまり28,000円近くかかります。こうやって考えると、意外にコストがかかる排泄問題。人は飲まず食わずでも排泄はするので、避けては通れません。災害トイレに使えるものを平常時から見つけて試しておくことも防災と言えるでしょう。なくても代用する柔軟な発想は、災害時だけではなく日常生活の中でも大いに活躍できる必要な力です。
辻 直美(国際災害レスキューナース)
一般社団法人育母塾 代表理事
国境なき医師団の活動で上海に赴任し、医療支援を実施。帰国後、看護師として活動中に阪神・淡路大震災を経験。実家が全壊したのを機に災害医療に目覚め、JMTDR(国際緊急援助隊医療チーム)にて救命救急災害レスキューナースとして活動。
現在はフリーランスのナースとして国内での講演と防災教育をメインに行い、要請があれば被災地で活動を行っている。
著書に『レスキューナースが教える プチプラ防災』『レスキューナースが教える 新型コロナ×防災マニュアル』(ともに扶桑社刊)がある。
※掲載の情報は、2021年8月現在の情報です。
※コラムの内容に関する解釈は、筆者の経験に基づく見解であり、公式な情報ではないことも含まれます。