【防災コラム】レスキューナースが教える災害を生きぬくヒント
いつどんな時にどんな状況でやってくるかわからないのが、震災です。もし、今大きな地震が起きたら?と、日頃からご家庭内で「防災」について話す機会が増えていると思います。みなさんが聞いたことがある標語、あの言葉の本当の意味、知っていますか? 思い違いしている方も多くいます。今回は私たちが被災した時に使える標語をご紹介したいと思います。
「おはしも・おかしも・おはしもて」は避難訓練時のための標語
1995年に発生した阪神淡路大震災後に、消防庁が小学校低学年の生徒を対象とした避難訓練用の標語「おはし(押さない・走らない・しゃべらない)」を、教育指導ガイドラインに掲載しました。これを契機に「おはし」は全国の小学校で使用されることに。実はこの標語は避難時に使うものではなく、あくまでも避難訓練時を安全に行うためのもの。避難の目安にしてはいけません。現在、消防庁は「おはし」に一語を加えた「おはしも(押さない・走らない・しゃべらない・戻らない)」または「おかしも(押さない・駆けない・しゃべらない・戻らない)」を推奨しており、東京都教育委員会も、それに倣って「おかしも」を採用しています。
教育委員会や小学校、担当する教員によって違いはあるようです。最近は「おはしも」にさらに一語を加えた「おはしもて(押さない・走らない・しゃべらない・戻らない・低学年優先)」を採用する場合も増えています。皆さんはどのように習いましたか? そしてどう解釈していたでしょうか?
今、知ってることを見直す勇気が必要
自分が知ってる防災関連情報をバージョンアップしている人、いますか? 講演会で投げかけてみると、ほぼ100%の方が目を合わせてくださいません。そもそも情報のバージョンアップって何?という方も多く見られます。災害は日々進化しています。30年ほど前にはゲリラ豪雨はほぼなかったし、酷暑猛暑もなかった。地震、河川氾濫もこんなに頻発していませんでした。つまりちょっと前の日本の状況と今では気象状況も、地震状況も全く違っているのです。
ということは、自分の持つ防災知識は今の時代には合っていないかもしれない。自分の被災体験が、過酷で非常に厳しい状況だったとしても、今の状況ではもっと悲惨なことになる可能性もあるのです。人は自分が体験しないと理解できない生き物です。そして自分の体験が一番過酷で大変だったと思いがち。しかし自分の体験からは想像もできない被災体験をしている方もいらっしゃいます。人の体験を自分の糧にする。その上で今の知識や理解を見直すことが必要なのです。
被災した時には自分で決めることが大事
私は皆さんに、いつ、どこで、誰と、どのような状況で被災しても、自分で決めて生き延びてほしいと思っています。
最近は情報が溢れていますね。自分で決めなくても、誰かが言う通りにすれば、揉めないからいいかなっていう人も多いように感じます。また、自分で取捨選択したり、自分で見つけたり、決めたりするのが苦手な人が多いと感じます。被災時は誰にも頼れない。これは厳しいけれど現実。被災者が口を揃えて言うセリフがあります。「こんなにも自分で決断を強いられる体験をしたことがない」と。それも「次々に決断する問題が起きるので、立ち止まるとあっという間に埋もれて助からない感覚だ」といいます。普段と被災時では状況が全く変わります。決断は日常にしていることしかできません。普段のあなた以上の決断力は発揮できない。あなたは普段の生活で自分で決めることができているでしょうか? 今一度、自分で決めているのか周りがやるからなのか、見直してみてください。
避難するときに使える標語は「よ・い・こ」
自分で決断することを前提に、避難時に生き延びるために必要な標語は「よ・い・こ」
さて、これにはどんな意味があるのでしょうか。
「よ」はよく見る。今の状況や、周りの状況をよく見て判断します。テレビやラジオ、SNSの情報も、デマに惑わされず取捨選択する必要があります。普段から何を見ればいいのか、どこに逃げたらいいのかを見る知識が必要です。
「い」は急いで逃げる。どこに、どの道を使って、どの方法で逃げるのか。速やかに危険な場所から逃げるには「いつ(When)、どこへ(Where)、だれが(Who)、なにを(What)、なぜ(Why)、どのように(How)」をイメージしておくと明確になります。また普段から自分の住んでいる所や子供の学校などの被災する確率や、その近くの避難所等を確認しておくことも大事です。
「こ」は声をかける。逃げながら周りの人に声をかけて逃げる方向を指し示したり、今起きている状況を伝えることが大事。何よりも自分自身に声をかけて「大丈夫」と暗示をかけることが必要です。
今までの想定を一度見直す
私たちは過去に何回か防災訓練を受けています。だから災害が起きたらこんな感じと、どこかで思っている節があります。例えば小学校での防災訓練を思い出してください。いつその訓練があるのかが分かっています。そして予定通りその時間にサイレンが鳴り、地震が起き、なぜか給食室から火が出て、机の下に隠れ、整列し、校庭に並びます。この予定調和の中でしている行動では、自分で考えていません。先生の言った通りにやっているだけ。とても状況判断ができているとは思えません。この訓練を何回受けたところで実際の被災地で使える知識とは程遠いものです。だから一度崩すことが私たちには必要です。人は自分の体験以上も以下もイメージができないものです。私たちがこれから迎えるであろう南海トラフや直下型地震は過去になかったほどの大きさです。新しい標語で生きぬくためには、自分の持っている想定を一度崩すこと。今までやってきたこととは違うことをやってみる。このクラッシュ&ビルドが何よりも大事です。
標語に託された想いを感じて実践しよう
標語って奥が深いと思いませんか? 表面的な言葉の意味だけではなく、ホントはその言葉に託された想いが大事なのです。そしてその標語を実践するためにはやはり知識、そして体験が大事ですね。自分の頭の中のイメージだけではいざというときには体が動きません。何もない時にこそ体験しておくことが必要です。「よく見る」ために、何が危ないのかを知っておく。これだけでも慌てずに行動できます。「急いで逃げる」ためには普段から自分が逃げる場所までの道を知っておく。家族で子供の歩むスピードで避難場所までお散歩することもお勧めです。そして「声をかける」。コロナ禍だからこそコミュニケーションが大事です。マスクをしていても満面の笑顔でマンションの住民同士が挨拶する。この人はこのマンションに住んでいる人なんだと認識されることが実は大事。この積み重ねが実は命を救うことになります。
防災はこんな日常の中から始まっています。今日から「よ・い・こ」を意識して生活してみてくださいね。
辻 直美(国際災害レスキューナース)
一般社団法人育母塾 代表理事
国境なき医師団の活動で上海に赴任し、医療支援を実施。帰国後、看護師として活動中に阪神・淡路大震災を経験。実家が全壊したのを機に災害医療に目覚め、JMTDR(国際緊急援助隊医療チーム)にて救命救急災害レスキューナースとして活動。
現在はフリーランスのナースとして国内での講演と防災教育をメインに行い、要請があれば被災地で活動を行っている。
著書に『レスキューナースが教える プチプラ防災』『レスキューナースが教える 新型コロナ×防災マニュアル』(ともに扶桑社刊)がある。
※掲載の情報は、2021年3月現在の情報です。
※コラムの内容に関する解釈は、筆者の経験に基づく見解であり、公式な情報ではないことも含まれます。