【防災コラム】レスキューナースが教える災害を生きぬくヒント
ここ最近の日本における気候の変動や、そこから発生する災害は10年前とは大きく違っています。しかし私たちは自分が体験した災害が一番ひどい状態だと勘違いしているので、なかなか防災のアップデートをしようと思わないのです。災害が変われば、当然防災の常識も変わります。今一番新しい防災を知っておかなければ、命が助からないかもしれない。なので今回は防災のアップデートと最近の傾向についてお話ししたいと思います。
新常識①「地震が起きたらまず火を消す!」のは間違い?
地震が起きた時、昔はまず火災の原因となる火を消すこと! と習った方も多いのではないでしょうか? しかしこの常識は一昔前のこと。現在では火を扱う家電のほとんどが震度5以上の地震が起きると、自動的に停止します。ガスや電気コンロ、ストーブなどにも安全対策が備わっているのです。そうなると火の元の確認という作業はほとんど必要なくなっているのです。揺れがおさまったら、あわてず火の始末をするようにしましょう。もし家を離れるなら「通電火災」を避けるためブレーカーだけは必ずOffにしておきましょう。
新常識②「避難生活は一定期間避難所で!」が新ルール
2016年に発生した熊本地震ではその多くの命が人的災害により失われてしまいました。4月14日に発生した前震の震度5~6のエリアでは、大きな被害はあまりありませんでした。ではどうして多くの命が失われたのか? その理由は14日に一旦避難した避難者の大半が、それ以上の大きな揺れはもう来ないと判断し、避難所を離れ自宅に戻ってしまったからです。その後発生した本震により、大きな被害が発生しましたが、その全壊半壊した約42,000棟の中には、耐震基準を満たしていない家が少なからずあったことも原因といえるでしょう。何度も揺れが続く大きな地震ではたとえ耐震基準をクリアしていたとしても決して安全とはいえません。そのため一定期間、小さな揺れが一段落するまでは避難生活を避難所で送ることが大切といわれるようになっています。
(参考) 2016年の熊本地震について yahooニュース
新常識③ 寝室には足を守るものを置く
防災のためのグッズをホームセンターなどでもよく見かけるようになりました。徐々に事前準備をして「自分のことは自分で守る」という常識が少しずつ浸透してきた証なのかもしれません。ここでひとつ見落としがちな新しい常識があります。「靴やスリッパを寝室に置く」です。
過去日本で起こったいくつかの災害は寝ている間に起きています。靴やスリッパを防災バッグに入れる必要はありませんが、寝室には置いておきたいアイテムです。地震等が発生した際は屋内に割れた窓ガラスなどの危険なものがたくさん散乱します。そこを歩いて避難しなければならない。足をけがをしてしまったらどうにもなりません。寝室に靴を置くことに抵抗を感じる人はせめてスリッパとフェイスタオルを常備しましょう。スリッパだけだと、足の裏やかかと、アキレス腱などにけがをしてしまい避難どころではなくなってしまいます。スリッパを履きタオルで足を巻き込むようにすれば、何もない時よりも足を守ることができます。他にも新聞紙で新聞紙スリッパを作ったり、段ボールなどを使ったりして足を保護することも可能です。つい水や食料ばかりに目が行きがちですが、逃げる時に足を守るグッズも用意をしておきましょう。
(参考) プチプラ防災「新聞紙スリッパの作り方」
(参考) プチプラ防災「スリッパとタオルで足を守る方法」
新常識④ ゴミ袋は必需品
防災グッズの常備品としてポリ袋やゴミ袋を私は推奨しています。大抵の方はとても不思議そうな顔をします。しかしこれも実は今の常識。ゴミ袋があればいろいろなところに役に立ちます。例えば雨が降った時にはかっぱに、箱と組み合わせれば水をためておくバケツにもなります。また冷えを防ぐアイテムとしても使えます。1枚のゴミ袋に1枚ずつくしゃくしゃにした新聞紙を入れる。その中に足を入れるとじんわりと暖かくなり、ライフラインが切れていても暖を取ることが可能になります。他にも、ゴミや汚物を入れておくのにももちろん使えます。何よりも使えるのは災害トイレ。便座を上げて便器にゴミ袋2枚重ねる。そこにペットシーツや新聞紙などを入れて用を足す。終われば上の袋1枚だけを取り除けば、何回でも災害トイレとして利用できます。
45リットルのゴミ袋は大抵のおうちには常備されているものではないでしょうか。わざわざ買ってくるのではなく家の中に当たり前にあるものを使って災害対策をする。この考え方そのものが今は当たり前になってきています。
新常識⑤ 明かりはひと部屋一灯 、ひとり一灯
最近は地震や台風などで停電を伴うことが増えてきました。私たちが普段電気を消している状態と停電とは全く明るさが変わります。特にブラックアウトと言われる現象が起きていると、その周り一帯が真っ暗になっているため、何も見えなくなってしまいます。その際に持っておきたいのが明かり。
普段から真っ暗闇に慣れていない人は、明かりがないと何もできないぐらい不安と恐怖を感じてフリーズしてしまいます。そして今の懐中電灯はLEDのため広範囲を明るく照らすことが苦手です。1方向だけ明るくしても、避難生活の中での行動はできないものです。そこでご提案したいのが、ひとり一灯。
親子でいつも一緒にいるとは限らないので、小さな子どもにはヘッドライトやネックライトを持たせるようにしてください。さらに可能であればひと部屋に一つの明かりを。長い時間ライフラインが切れたとしても対応できると思います。ひとつの部屋に一つの懐中電灯だけでも大丈夫。懐中電灯のライト面に水の入ったペットボトルを置けば部屋中が明るくなること間違いなし。その時につるんとしたペットボトルよりも、複雑にカッティングがされているデザインのものを使うか、ペットボトルの中にアルミホイルを細長く切ったものを入れれば部屋全体が明るくなります。今では百円均一でも充分明るさをキープできる商品が出ているので、気軽に“ひと部屋一灯”を用意してみてはいかがでしょうか。
家の中には、命を助けるものがまだまだあるかも?
最後に皆さんは、防災特集の雑誌やテレビを見ると同じ商品を買いたくなりませんか? でも正直なところその商品を買ってきても機能全部を使いこなせる方はほとんどいません。ましてやいつ来るか分からないもののためにお金をかけたり、場所を作ったりすることは億劫になってどんどん防災から遠ざかってしまうのではないでしょうか。自分のしたいことを叶えるために、私は家にあるものをうまく組み合わせて作ります。
例えば誰かが捻挫をした時、足を固定するのに新聞紙とラップもしくはマスキングテープがあれば充分です。新聞の代わりに傘や物差し、ボールペンなどでも可能です。要するに動かさないために固定する棒状のもの、そしてそれを固定するための包帯代わりになるものがあれば何とかなるのです。常日頃から何かをしたいと思った時、家にあるものだけで何かできないかなぁと考えてみる癖をつけてください。残念ながら災害時は普段やり慣れていることしかできません。何も考えたことのない人は当然のことながら何もできないわけです。しかし考えてみて一度やってみる。それがたとえうまくできなくても、自分が思った世界を作れなくても、構わないのです。大事なことは一度作ってみること。そこから見直してさらに改良すればよいのです。最近の世間の傾向として、失敗するとか1回作ってみてから更にいろいろ工夫してみるということが苦手な人が増えているように思います。災害時は決断力、行動力、アレンジ力が本当に必要とされます。これも日々の生活の中でスキルアップしていけば…。どんなことがあっても対応できるのではないでしょうか。
〇〇円でなくてはならないという考え方から、〇〇円があればこれもあれもできるかも? くらいの気軽さでかつ未来がワクワクするような問いかけをすると、学生たちは非常に目を輝かせて参加します。防災のアップデートをする。それは日常生活がシンプルになり、対応スキルが増えることで物が減らせますし、そして柔らかい頭でチャレンジできることにつながります。全てをどこかで買ってくるのではなく、ぜひおうちの中で転がっているものでやってみてほしいと心から願っています。
辻 直美(国際災害レスキューナース)
一般社団法人育母塾 代表理事
国境なき医師団の活動で上海に赴任し、医療支援を実施。帰国後、看護師として活動中に阪神・淡路大震災を経験。実家が全壊したのを機に災害医療に目覚め、JMTDR(国際緊急援助隊医療チーム)にて救命救急災害レスキューナースとして活動。
現在はフリーランスのナースとして国内での講演と防災教育をメインに行い、要請があれば被災地で活動を行っている。
著書に『レスキューナースが教える プチプラ防災』『レスキューナースが教える 新型コロナ×防災マニュアル』(ともに扶桑社刊)がある。
※掲載の情報は、2023年1月現在の情報です。
※コラムの内容に関する解釈は、筆者の経験に基づく見解であり、公式な情報ではないことも含まれます。