Brillia 防災コラム

【防災コラム】レスキューナースが教える災害を生きぬくヒント

災害時のメンタル

私たちの「からだ」と「こころ」に非常に強い衝撃が加わりすぎると、その体験が過ぎ去った後も記憶の中に残り、影響を与え続けることがあります。一見、元に戻ったように見えても、あることがきっかけで症状が出ることもあります。今回は災害でもたらされたトラウマや災害後のストレス反応、その対策についてお話しします。

トラウマや災害後のストレス反応

災害は物質的な被害だけではなく心理的影響も大きくあります。①トラウマ反応②強い悲しみと喪失感、あるいは罪悪感などの悲嘆反応③生活上の困難がもたらすストレス反応の三つが特徴的です。災害直後の恐怖や悲惨な光景の目撃がもたらすものがあり、恐怖や直後の記憶が突然蘇ったり、思い出さないように関連する刺激を避けたり、あるいは気が高ぶって些細な刺激に過敏に反応するなどがあります。また、気分が落ち込む、原因不明の体調不良が続くなどの変化が起こることがあります。これらの反応の多くは当たり前に起こる正常な反応です。時間の経過の中で地域の復興が進み、個人の生活再建が進んでいくと、多くの被災者では自然に回復していきます。被害の大きさや支援の少なさなどが影響して、心的外傷後ストレス障害(PTSD)や、うつ病などの精神疾患を抱えてしまう方もいます。多くの場合、心理的反応は時間の経過とともに、徐々に低減していきます。そこに罪悪感を感じる方がいます。しかし、「忘れていく、低減すること」は人が生きていくためには必要なことなのです。

不安をもたらす原因は未来が分からないこと

「怖いのは準備が足らないから。不安なのは未来が分からないから。立ち止まっていても何も解決しない。怖くなくなるまで備えなさい。不安が消えるために自分は何をすればいいのかを考えなさい」。これはレスキューナースになってすぐ先輩に言われたセリフです。どうしようという気持ちは自分ではどうにもできないという思いと同時にどんな結果になるか分からないという恐怖でもあります。つまり不安とは発生しそうなリスクに対抗する脳の働きが引き起こしていると考えられます。普段しない遠出をする場合など事前に持ち物チェックの準備をした場合、それほど不安は感じないものです。このように未来に対する備えができれば不安は軽減されます。問題は、個人の力ではどうにもならないような社会的な問題や災害など具体策が取れないタイプの不安が強い時です。考えても解決しない問題での不安は、物事をネガティブに捉える癖がついている状態かもしれません。それを自覚し不安のループが続いている場合は体からアプローチする方法を試しましょう。一番簡単な不安解消は無理矢理でいいので作り笑いです。笑うと脳は今楽しい気分なのかと錯覚するらしいです。その次にはゆっくり深呼吸をしてみましょう。そして一度立ち上がって歩いてみる、手を洗う、コップ一杯の水を飲むなどの体を動かす動作をして、まずは体の緊張をほぐしてみましょう。

ストレスを少しでも減らすためのキーワードは「レジリエンス」

一つ一つのストレスに対応することも大事ですが、もともと持っているスキルを上げていくことも大事です。そこで持ちたいのはレジリエンス。これは困難や脅威に直面している状況に対して、「うまく適応できる能力」「うまく適応していく過程」「適応した結果」という意味の言葉です。近年では災害時に対応する自衛隊、消防、警察、医療者にも必要なスキルとしてトレーニングすることが多くなってきました。今やストレスがない生活は残念ながらあり得ません。その中で強烈なストレスがかかった時に、キャパシティーが狭くなっていると強烈なトラウマを持ってしまいます。そのためにレジリエンスを持つことで早く元の心の状態に戻せるのです。これは災害時のみに使うものではなく、日常の小さなストレスに対しても大きく効果を発揮します。このようなスキルはなんとなく非常時に使うと思いがちですが、日々使ってこそ意味があります。私の中では寝坊することも水をこぼすことも、子供の幼稚園バスに間に合わないことも全て災害だと考えています(笑)。この災害の時に変わってないこと、イライラしないこと、早く元の心に戻すことが大切なのはきっと皆さんにも分かっていただけるのではないかと思っています。

レジリエンスはどうやったら持てるのか?

レジリエンスの高い人には特徴があります。①失敗してもそれを糧に成長することができる②メンタルが落ち込んでからの復活が早い③困難なことに対して自分が達成できると思い挑戦する④自分の強みや弱みを理解している⑤ありのままの自分を受け入れている⑥他人と自分を安易に比較しない。そして最後の特徴はこの言葉をよく言うのです。「ま、いっか」。一見投げやりで、あまり後先を考えていないように聞こえるこの言葉。しかし本当に効果があります。自分自身を認めて、ありのままの自分を受け入れるからこそこの言葉が出てくるのです。落ち込みやすい人は、失敗を恐れる傾向が強くあります。失敗、この言葉ってよく見ると敗れることを失うと書きますね。何度も失敗することでいつかは敗れることを失う→常に勝つ(笑)。私にとっては最強のワード。もちろん命に関わることで失敗は許されません。しかし陰で練習することで成功率は上がります。失敗する数は減り、成功の純度が上がります。失敗したならなぜしたのか、次にするときはどうしようか、それに気づくことができたと捉えるようにしています。

常に心をフラットにする

あなたは予想外のトラブルが起きた時、慌てないためのルーティーンを持っていますか? 声を出す、水を飲む、おいしいものを食べる、走る、サウナに行くなどいろいろと方法はありますが、すぐにできること、そしてできる限り自分1人で解決できることが望ましいです。1日の中で心が揺れ動いた時、短時間ですぐに効果がある方法があれば、あなたの心は常に落ち着いた状態になれるからです。そこでオススメなのが私が考案した「3・3・3の法則」です。最初の3は「3秒香る」です。香りは脳にダイレクトにアプローチして瞬間的に気分転換することが可能です。あなたはどんな香りが好きですか?と聞いた時に瞬時に答えられる方は意外に少ないです。香りが見つかったら、イラッとした時にその香りをかぐ、気持ちが落ち着くという成功体験を重ねてください。次の3は「30秒触る」です。柔らかいタオル、ぬいぐるみ、髪や耳たぶ、二の腕やお腹など、触ったら落ち着くものはみんな違います。そして最後の3は「 3分間見る」です。デジタルは災害時には使えないので、アナログで用意してください。家族の写真やペットや推しの写真も良いでしょう。小説や漫画という方もいます。自分の心をフラットにするためには、まず自分の好きを大事にすること。成功体験が積み重なれば災害時に慌てない自分になれるのです。
自分だけではできないのですが、誰かに背中から抱きしめてもらう、背中をさすってもらう、手を握ってもらうというのも効果があります。ただし、あくまでも心を許している相手が前提です。人肌に触れるのは、する方もされる方も心のストレスが軽減する効果があることが実証されています。私は被災地で、心が折れてしまった方々に声かけよりも、そばにいる、背中をさすることに効果があると体験から確信しています。
東日本大震災では切羽詰まって不安が怒りになってしまった40人の男性たちを膝に乗せて抱っこして落ち着かせたこともあります。みな、獣のような声をあげて泣きました。奥さんや家族の名前を呼んで泣き叫ぶ人もいました。でもひたすら抱っこしながら受け止めると、ある瞬間落ち着くのです。これは声かけでは得られなかったことだと思っています。

災害時には普段やっていることしかできない

災害が来た時のために頭の中でイメージしている人はたくさんいます。地震が起きた時にはテーブルの下に潜る、ダンゴムシのポーズで頭を守る、バケツに水を汲んで火を消す、などイメージは割と具体的です。しかし実際に地震が来た時にテーブルの下に潜っている人はあまり見かけたことはありません。もちろん震度6以上じゃないからかもしれませんが…。私が見てきた大方の人は大抵の場合、スマホを離さずずっと情報だけを追いかけています。そして予想外のニュースを見ると落ち着かなくなり言葉を荒らげたり、不安から余裕がなくなり、思いもしない行動をとっています。この時に自分をフラットにする術を持っていれば、慌てずに冷静な判断をすることができます。普段やっていることがこういう時に活きるのです。常日頃からの成功体験は自信につながります。不安は未経験のことに対して起きる感情です。それならば小さなことでもいいので知っておく、体験しておくことで乗り切れるはずです。日常生活の中でレジリエンスを鍛えいつでも対応できる人になっておきましょう。

辻 直美(国際災害レスキューナース)

一般社団法人育母塾 代表理事
国境なき医師団の活動で上海に赴任し、医療支援を実施。帰国後、看護師として活動中に阪神・淡路大震災を経験。実家が全壊したのを機に災害医療に目覚め、JMTDR(国際緊急援助隊医療チーム)にて救命救急災害レスキューナースとして活動。
現在はフリーランスのナースとして国内での講演と防災教育をメインに行い、要請があれば被災地で活動を行っている。
著書に『レスキューナースが教える プチプラ防災』『レスキューナースが教える 新型コロナ×防災マニュアル』(ともに扶桑社刊)がある。

※掲載の情報は、2022年4月現在の情報です。
※コラムの内容に関する解釈は、筆者の経験に基づく見解であり、公式な情報ではないことも含まれます。

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